ガン患者の闘病と投資日記

34歳にしてガンを患い闘病中に治療費を稼ぐために株式トレードを始めました。

癌患者と健康な人はさほど差がない

癌患者と聞くと

 

よく、「よく頑張ってるね」とか

「すごいよね、大変なのに」と

褒めていただくことがあります。

 

その度に、実はピンと来ていなくて、

(どこも頑張っていなくて、怠けているのに

どうして褒めてくれるのだろう)と思うのです。

 

決まって褒めてくれるのは私が闘病をしていると知っている方で、

「癌なのに」という言葉が修飾されているのだと感じます。

 

多くの方々がそうだと思いますが、

癌患者と聞くとアゲインストな状況だと感じるようです。

 

実際にすこぶる健康な方と比べたら

確実にアゲインストな状況に立たされていることは間違いないのですが、

寿命を全うする上ではアゲインストも何もない、

むしろ癌を始め病と向き合っている人の方が、

無駄のない人生を生きている気さえしています。

 

「こんな体に産んでごめんね」

 

先日、母に電話で病状の悪化を伝えると、

こんな言葉が返って来ました。

泣きながら謝られるので、胸の奥が痛みましたが、

それでも私は、

癌になった事を嬉しいと思ったことはないが、

癌だからこそ得られたものは多いと伝えました。

その上で、こうして局面から何かを得られるように

産んでくれたことにお礼を言った次第です。

 

両親もやはりアゲインストだと感じ、

不憫に思うようです。

そりゃそうですよね。

自分の娘がと思うと気持ちはわかります。

 

嘘のようだけれど、癌になって得たことは沢山ある

 

嘘のような本当の話なんです。

 

もしも寿命というものが決まっていて、

それぞれに割り当てられていると考えると、

癌患者も健康な方も実は差がないと私は考えてたりします。

 

むしろ、癌患者は日々、生死について触れる機会が多く、

どうにかして生きる方法はないかと必死に日々を過ごしているため、

生きる方法を模索しながら、死と向き合っていたりします。

 

死と向き合うと何を得るかというと、

「時間を無駄に使えない」という意識が働き、

現在(いま)をどう充実させるか或いは、

楽しむかを考えるようになるのです。

 

妻との時間、娘との時間、

友人との時間、両親との時間、一人の時間。

全てにおいて、どうやって楽しもうか?と

考えながら時間を噛み締めているのです。

 

それは、「生きられる時間に限りがある」と

癌によって意識させられているからで、

寿命というタイムライン上で考えると、

全くアゲインストではないと私は考えているのです。

 

明日、予期せぬ死が待っているとは、

健康な人は思いもしません。

それでも実際に予期せぬ事故は日常的に起こっています。

 

癌はハッピーなことではないです。

腹が立ちますし、心底憎らしいです。

でも、癌はすごく大きなメッセージを私に脱げかけてくれているのです。

 

今に感謝して、楽しく生きろと。

さぁ、また明日から1週間を味わいましょう。