ガン患者の闘病と投資日記

34歳にしてガンを患い闘病中に治療費を稼ぐために株式トレードを始めました。

生きるということ

闘病を続けていると、言いようのない悲しみに襲われることがあります。

 

本当に辛いことが起こると、

人は感覚が麻痺して、一瞬何が起こったのか

わからない状態に陥ります。

 

よくわからない状態の中で、

鼓動だけがやたらと響き、

その鼓動が認識できると、

ボヤーダとしていた視界がひらけて、

いつもの風景が戻ってきます。

 

そして、不安が襲ってきます。

この先の未来で何が起こるかは明確にわからないものの、

何を背負うことになるかは大まかにわかるため、

背負うものに対する不安がと、

これまで当たり前と思っていた生活、行為、

考えなどが覆り、

誰もが貴重なものへと変化します。

 

そんな時、みなさんはどのようにそんな悲しみや辛さを処理されますか?

 

Mr.Childrenの歌の歌詞に、

「どんな不幸からも、喜びを拾い上げ、

笑って暮らす才能を誰もが持ってる」

という歌詞があります。

 

その歌詞の通り、

私たちは、どんなに重たい衝撃的なことが発生しても、

どんなにそれが辛くても、

今ある人生の中で、今を生き、

未来に向かって暮らして行くしかないのです。

 

そして、それができるように備わっているのです。

 

ただ、そのためには力が必要です。

あなたと同じシチュエーションに皆がいるわけではなく、

誰もがその痛みを理解できるわけではありません。

 

だから、自分の中で起こっている辛さや不安と、

そのほかの人の態度に差を感じることがあるでしょう。

 

それでも、人を責めることなんでできません。

 

 

パワーがいります。

 

でも、それが「生きるということ」なのかもしれません。

 

私たちは日々、当たり前に生きて、

時間も無限にあるかのような錯覚をしながら

無意識の中で生きています。

 

時より、災難に巻き込まれ、

自分の立ち位置を確認する機会を得て、

ありがたみを感じ、

しばしありがたみに浸ることはありますが、

またすぐに忘れてしまいます。

 

そうして多くの出来事を処理して生きているのです。

 

癌闘病をしていると、

戻れない過去に戻りたくなります。

巻き戻せない時間を巻き戻したくなります。

それでもそんなことはできません。

 

悔しいことも沢山あります。

誰かを恨みたいけど、その矛先がなく、

ただただ涙が出ることもあります。

 

そんな中でも、今日という日が与えられ、

今を生かしてもらっています。

 

生きるのは当たり前ではないのです。

でも、死ぬのは当たり前なんです。

 

1日として同じ日はありません。

良い時も悪い時もあります。

 

笑顔も涙もあります。

 

それでも前を向いて行くしかないのです。

それが私たちに与えられた才能だから。